自分に 何ができるか
○つながりあうのが人間なのに
昨今は、自分の価値観を大事にする風潮からか、人間の特長ともいえる意思の疎通や人と仲よくしょうとする思いにブレーキをかける人もいて、それが自らの孤立を招き、あるいは孤独死などの社会問題に象徴される他者への無関心を生んでいるようにも思います。
信者さんで高齢の一人暮らしの方がいます。
出会うとたくさん話をして下さいます。
私は仕事をしていて限られた時間の中でのお手取りなので、人様に合わせず、つい自分中心に動いてしまいます。
もっといっぱい話を聞いてほしいだろうなと思いつつも親身にかかわりが出来てない自分を知ることができました。
これからは相手に合わせてふれあいたいと思います。
○日々、自分の生き方を問う
私たちにまず大切なのは、自分自身がどのように苦難を受けとめ、いま命あることの有(あ)り難(がた)さを自覚していかに生きているかを、生き方をとおして示すことなのかもしれません。
その結果として悩み苦しむ人の心の声が耳朵(じだ)にふれたとき、力を与える言葉を届ければいいのです。
職場のAさんはBさんの言動、行動そして責任者でありながらその役をまっとうしていない所が見受けられ、そのすべてが苦になるようで私に愚痴を言われます。
ひたすら、たまっている思いを聞かせてもらっています。
この方の愚痴を聞くだけでなく、頑張っているAさんと共に、今を有りがたく感じ、話して良かったと思ってもらえる自分でいたいと思います。
合掌
日野支部 O.M
(太字は会長先生のご法話5月号より引用)
当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。
