今月の会長先生のご法話は『安心して生きるために』です
〇すべての国が滅びない手だてを
健康とは何かについて、世界保健機関では「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と示しています。これは、幸福の定義とも重なるものです。
しかし、ロシアによるウクライナへの侵攻(しんこう)、シリアやスーダン、ミャンマーなどでつづく内線、各地に存在する難民と人権の問題、日本においては周辺諸国との諸問題など、世界の現状を見るかぎり、ほんとうの意味で健康で幸福な暮らしをしている人はいないに等しいといわざるを得ません。世界政治の現実は軍事力に支配されていて、各国が軍備を充実させることで牽制(けんせい)しあい、それによって武力衝突(しょうとつ)を抑(おさ)えている状態ですから、たとえ一見、平和な国や地域でも、つねに軍事的緊張にさらされているといえるのです。
中略
〇自分を愛するように
私たちのような平凡な人間が、戦争をくい止めるのは現実的には困難なことです。しかし、信仰による心の向上を、社会・国家がよりよい方向に進むように役立てることはできます。慈悲の心で自他を見ること、その心を押し広げて、さらに地域社会も国も、みな自分と一体の大事な存在であるということを人さまに伝えること。信仰のあるなしにかかわらず、そうして自国はもちろん世界の国ぐにや人びとを愛し、思いやる仲間が多くなることが、だれもが安心して生きられる世界の現実につながるのです。(佼成8月より)
もうすぐ8月15日がやって来ます。この日は戦争で犠牲になられた方々への慰霊と、世界の平和を祈願させて頂く日です。今月のご法話で、今の世界政治の現実を詳しく教えて下さり、また、私たちのような平凡な人間が、戦争をくい止めるには現実的には困難なことを教えて下さっています。最初、拝読させて頂いた時、正直、「今月は何てスケールの大きなお話し」なんだろうかと思わせて頂きました。そんな中で、今の世界の現状をしっかり見つめられる目を持つ事の大切さを頂いている、と思わせて頂きました。
自分達の生活やまわりの環境が満たされ過ぎている今、またそれらがあたりまえの様にさえ感じている私達に、どうして行くことが、皆が安心して生きていく事なのかを改めて問いかけてくださっている様にも思わせて頂きました。朝夕のご供養で、「ウクライナ情勢の平和祈願」を唱えさせて頂いていますが、ともすれば、ただツラツラと読み上げるだけで終わっている様に思います。今回の投稿のお役のお陰さまで、ご供養の時だけでも、ど真剣に平和的解決を念じさせて頂こうという気持ちにならせて頂きました。
自分の生活に目を向けてみると、小さな争いが全く無いとは言いきれません。ほんのたまに、妻とちょっとした口ゲンカになったりする時もあります。そんな時は、「自分は間違っていない。正しい。」とか「女のくせにうるさい!」という様な醜い心が表れます。相手を認めようという思いは少しもわいて来ません。ある程度時間を置いてから、悪い事を言ったなあと反省はするものの、しばらくは自分自身も情けない気もちになります。まず、どんな時でも相手を認め、自分も相手も尊いんだ、かけがえのないものだからいつも大事にしていこうという思いで、これからは誰に対してでも接していける様、身近な平和を築いていける様になりたいと強く思わせて頂きました。ご法の縁を頂いたお陰さまで、こんな私が、小さいですが世界の平和を願える自分にならせて頂けた事に感謝させて頂きます。ありがとうございました。
合掌
甲賀支部 K
(太字は会長先生ご法話 佼成8月号より引用)
当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。