3月会長先生ご法話に寄せて

「一つ」をかみしめる

〇法華経の人間観·世界観

 私たち立正佼成会の会員がよりどころとする経典(きょうでん)は、いまさらいうまでもなく「法華三部経(ほっけさんぶきょう)」(無量義経(むりょうぎきょう)·妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)·仏説観普賢菩薩行法経(ぶっせつかんふげんぼさつぎょうぼうきょう))に示される人間と世界のありようを大切にしています。

~中略~

 大雑把(おおざっぱ)な受けとめ方かもしれませんが、「私たちのような無名·平凡な人間こそ、人生と世界の問題を解決する能力と責任がある」ーーー法華経は、そのことを人びとに伝えて、菩薩としての自覚をうながしているのです。それを支えるのが、法華経の核心である「すべての生命は、ただ一つの大いなるいのちに生かされている」「すべては一つ」という理念であります。

 私は(令和8年2月)、四世帯の8人家族で同居している佼成会会員2代目になります。四世帯に至るまでの間(10数年以上前)は、自己の評価になりますが、あまり周囲のことは気に掛けない、その場に合わせる形を取る人間でした。

 その後、家族が増え、年も積み重ねていろいろな立場や役割も増え、家族·会社·地域社会·佼成会の壮年部ではお役などの取り組みも増えて、「立場変われば人は変わる」ではありませんが、それなりの生活を送ってきました。今となっては、以前の自分中心的な考え方でしたら、その日、その都度、「行き当たりばったり」の生活を送ってしまい、その結果、私の周りの人たちに悲しみや苦しみを与えてしまっていたのではないかと、この会長先生のご法話を拝読して、法華経の教えのもと生活できたお陰様と、あらためて感じさせて頂きました。

〇宇宙は一つ、世界も一つ

 「わたしがこの会を創立した目的は、ただ一つ『人を救ってあげたい』ということでした」とは、かつて開祖さまが語った言葉ですが、法華経の一乗(いちじょう)の教えに基づく考えです。むずかしいことを抜きにしていえば、「宇宙は一つ、地球は一つ、世界は一つ」ということです。

 自他の共通部分に目を向け、「一つ」であることを認識すれば、それぞれの心にいっそう深い思いやりと寛容(かんよう)の精神が生まれ、安らぎと生きる希望を与える「救い」の世界が広がるはずですが、それができないのもまた人間です。
 そのことに対して開祖さまは「あの人にはあの人の個性がある。立場がある。事情がある。それを理解すれば、自然とその人を包容(ほうよう)する寛大(かんだい)な気持ちが湧(わ)いてきます」と本会の創立精神「人を救う」という目的が十分に果たされていないことに忸怩(じくじ)たる思いを抱(いだ)きつつ、お互いさま「一つ」の世界を築いていく使命をあらためてかみしめたいと思います。

 この3月号の会長先生のご法話を頂き、「すべては一つ」の教え、つまり、「人を救う」は、世界や宇宙を救う。一人ひとりがこの考えや行動を行うことで、心豊かな人類の生きる形成を構築できて継承しつづけられる。と、思わせて頂きました。私自身、まだまだその領域に至っていると思っておりませんが、少なくとも過去(10年以上前)の自己中心的な生活送っていた時に比べては近づいているのではと思わさせて頂いております。

 私たち一人ひとりが自他の共通部分に目を向け、「一つ」であることを認識すれば、それぞれの心にいっそう深い思いやりと寛容の精神が生まれ、安らぎと生きる希望を与える「救い」の世界が広がるはずですが、それができないのもまた人間です。とあります。

 まさに苦手な人はだれにもおられると思います。その克服は、会員教育で教わった「仏性礼拝行」にあり、仏性礼拝行は決して相手の相対·表面的な長所·短所のみを見ることではなく、絶対の価値、つまり、いのちの根本のはたらきを観て、その仏性が開顕されて関わること。

 最後になりますが、自分の心に合わせる(甘える)のではなく、目の前にある形(それぞれのルール)に先ずは合わせる「決めたこと、決められたこと」を理解して守り、守り続けて、更に改革するという考えも持って、そのサイクルを回し、関係する方々と協動して「人を救う」を実践することで、その結果「すべては一つ」になると意識して参ります。

合掌

湖北支部壮年部  Y, N

(太字は会長先生のご法話3月号より引用)

当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。