10月会長先生ご法話に寄せて

読書」という「学び」

○聖人も賢人も友だちに

 この時期になると「読書の秋」という言葉をよく聞きますが、前号の結びで「学びを深めることについては稿(こう)をあらためて」と申した、その学びの手がかりとして、私は「読書」が大切であり、身近なことだと受けとめています。

~中略~

 もちろん聖賢の教えにかぎらず、多様なジャンルの本が心躍(おど)る感動や不思議、人の悲しみや喜びを教えてくれて、その一つ一つが心の栄養になります。ただ、昨今は書店も少なくなり、デジタル信奉者(しんぼうしゃ)からは「いまどき紙なんて……」と笑われそうです。しかし、一方で読書には、年齢を問わず心身両面にわたるたくさんのすぐれた効果があることが、さまざまな研究で明らかになっています。

 私の日々の生活の中に「読書」というのは、恥ずかしながらほとんどありませんが、その中でも、本を読んでそこから学ぶ、ということでは「佼成」は毎月必ず読みます。またその中でも、会長先生のご法話では多くのことを学んでいます。このような機会を頂けているのは、決して当たり前のことではなく、本当に有り難く感じています。毎月「佼成」拝読の継続は勿論ですが、学んだこと、気づいたことを多くの方々にお伝えしていかなければ、という気持ちにもなれました。また、「佼成」以外で読書をすること、そしてそれが習慣づけになるようにしていきたいと感じました。

○紙の本を読む効果

 ある研究によると、人は「物語」を読んでそのなかの世界を想像したり登場人物に感情移入したりすることで自己を知り、同時に人の立場や気持ちを理解する共感力や感受性が養(やしな)われて、他者を思いやるなどの情緒(じょうちょ)が育つそうです。また、幼少年期に本をたくさん読んだ人とそうでない人とでは、語彙力(ごいりょく)に三倍の差が出たというデータもあります。

~中略~

 私自身は、人としての生き方を学び、心を育てていきたいと願って読書を楽しんでいますが、子どもたちが幼いころには、寝る前に絵本を読み聞かせていて私のほうがうっかり寝てしまうこともよくありました。ただ、そうした時間も、親子双方(そうほう)の情緒を育(はぐく)む大切な「読書の記憶」だと思うのです。ともあれ、自己を磨く意味でも人を育てる観点からも、秋の夜長の楽しみに「読書」という「学び」を加え、生活習慣の一つにしてみてはいかがでしょうか。

 私は語彙力が低いと思っています。これも読書をしてこなかった事が影響しているのか・・と考えます。法を伝える時、お手どりする時、語彙力が高いと低いでは大きな差が出るのでは、と思います。有り難く、尊い教えが伝えれないのは、本当に申し訳ない気持ちになります。今からでも遅くはないと思いますので、「読書」を習慣づけていければと思います。私も幼いころ、母親から絵本を読んでもらい、とても気に入っている本があります。「からすのパンやさん」という本です。また自分の子供にもその本を読み聞かせました。子供たちも気にいっていました。親から子へ、孫へ伝わる本がある事はとても嬉しく、また有り難い気持ちになります。自分の孫にもその本を読み聞かせ、気にいってもらえたらいいな、との期待、希望もあります。ご法も読み聞かせるかのように、相手にわかりやすく、感動を与えられるよう、しっかり、丁寧にお伝えしていかなければ、と感じました。

合掌 壮年部 N.S

(太字は会長先生のご法話10月号より引用)

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